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発見!

b0101106_1542762.jpg先日からの寒さが少し和らいできましたね。先日は雹が降り、桜が花ごとポトポトと地面に落ちていく様子は悲しいものがありました・・・。今日は曇り空ですが、たくさんの方が夙川の桜を見に訪れているようです。
先日、ちょうどサロンから見えるところに新たなお店を発見。詳しくは見えないけれど、どうやらパン屋さんのよう。お客さんの出入りもよく見かけられ、とても気になっていました。パン屋さんということであれば、さっそくチェックしに行かないと(笑)と思っていたのですが、私の仕事の時間と開閉店時間が合わず、機会を逃していました。
そして先程時間を見つけて行くことができました。お店の名前は『コンセント マーケット』。パンは私の好きそうなハード系。ナッツやイチジク系を中心にいろいろと買ってきました。食べながら、このパンどこかで食べたことがある・・・と記憶を辿っていると・・・そのお店は以前JR西宮駅西側にあった「ブーランジュリー ムッシュアッシュ」の店長さんだった方が新しくオープンなさったお店だとのこと。確かに、味に覚えがありました。ハード系もいろいろなバリエーションがあり、選ぶのに困ってしまいますよ・・・。ぜひ、BODY UNIVERSALにお越しいただいた際には、夙川周辺もいろいろと散策してみてください。素敵なカフェやパン屋さんがたくさんありますよ☆

コンセント マーケット
by bodyuniversal | 2010-03-31 16:12 | Comments(0)

Dialog in the Dark -ダイアログ・イン・ザ・ダーク

b0101106_23144395.jpg先日東京の滞在中に『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』に行ってきた。ずっと前に何かの記事を読んで気になっては忘れ・・・を繰り返していたもの。今回またふと思い出し、検索してみるとちょうど開催中ということで行くことに。
この『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』は完全に光を遮断した空間の中へ何人かとグループでその中に入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、その空間を探検し、様々なシーンを体験していくというもの。
私にとって「暗闇」というものはどういうものなのか、そして視覚以外のものでものを見るというのはどういうことなのか・・・未知の体験に対するワクワク感と暗闇に対するちょっとした恐れ・・・そんな中で私たち8人のグループの冒険が始まりました。
まずは目を慣らすために少し暗い部屋に入り説明を受けます。その後自分に合ったステッキを選び、さらに暗い空間へと入ります。そして最後には照明を完全に消し、お互い輪になって自己紹介。私達のアテンドはKくんでした。彼の声を頼りに皆で暗闇の中を進んでいきます。真っ暗闇なので、もちろん何も見えません。一緒のグループのメンバーは声を掛け合い進んでいく。「どこですか?」「こっちですよ。」「すみません、〇です。ぶつかりました。」などなど・・・。
しばらく進むとそこには広場のようなものがありました。「ではいろいろと探検してみてください。」というK君の声のもと、皆があちらこちらに散らばって行きます。目がまったく見えないので、空間の広さを把握するのはとても難しく、まずはステッキを使って少しずつ把握しながら進んでいきます。手に何かが触れると、それを触ってみたり、足元の感覚を楽しんでみたり、そこで見つけたものを他の参加者と分かち合ったり・・・。
普段の生活では見逃してしまうような小さなことも、そこに気づき、味わっていく。
(あまり内容をここで話してしまうと、今後行かれる方が面白くないかもしれないので、差し控えます。)

私がこの体験を通じて感じたことは、人と人との対話の温かさ、思いやり。
なぜ「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という名前がついているのかということが体験を通して見えてきます。始めに集まった時は、暗闇の中で皆でコミュニケーションを取りながら進んでくださいと言われたけれど、皆話をするのかしら・・・と思っていた私。しかし、見事にその期待は裏切られる。赤の他人だった8人全員がお互いにとても相手のことを思いやり、協力し、声を掛け合い、90分後には前からの友人のように皆楽しんでいる様子は、私の心に温かい光を与えてくれた。
普段都会で他人のことなんて関係ないと暮らしているのが嘘のようだった。そこには人と人との優しい関係、そして新たな可能性も感じられた。
また視覚を奪われることで、視覚以外の感覚が発達する。嗅覚、聴覚、触覚、そして味覚も・・・。

ものを見るというのはどういうことなのだろうか?私達は本当の意味でものを見ているのだろうか。
何かを失うことで、見えてくるもの・・・。
そして人との関わり。

今回の旅の最後にK君が「『Daialog in the Dark』のロゴの文字の所々が見えなくなっています。その意味を皆さんの中で少し考えてみてください」と話されていた。その所々消えているその文字の間に私達は何を見るのだろうか。

最後に光がある場所に戻ってきてしばらくすると、あの親密さや温かさが、私達8人の中ですーっと変わっていくのを感じた。また私達は普段の自分に戻り、少し距離を置きながら、それぞれの家路に分かれていった。
私はそこに少しの寂しさを感じたけれど、これでいいのかなとも思った。あの暗闇の中で、彼らの優しさをたくさん見せてもらったのだから・・・。

『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』
by bodyuniversal | 2010-03-29 23:56 | Comments(4)

トランスフォーメーションゲーム in 春分の日

b0101106_20405976.jpg先日の春分の日にまたKumiちゃんをお招きして、BODY UNIVERSAL にてトランスフォーメーションゲームを行いました。
今回のメンバーは6名の満員御礼。遠くは名古屋から、そして今回は男性にもご参加いただきました。私もほとんどお会いするのが初めての方ばかり。どのようなゲームになるのか楽しみでした。
ゲームの始めには、それぞれが今回のゴールを設定します。そして、それをその場に集まったメンバーに話し、承認を得るところから始まります。今回はその目標設定からかなり深いシェアが始まりました。皆さんいろいろな気持ちを持ってここに集まってこられたということが分かります。
そしてゲーム開始。今回私はなかなか生まれる(ゲームを始めるという状態になる)まで時間がかかりました。その時にKumiちゃんが言ってくださった言葉。「生まれないのには理由があります。それを考えてみるといいかもしれませんね・・・」その瞬間、自分の目標と照らし合わせ、ぱっと答えが分かってしまった私。ああ、そいうことでしたか・・・。と理解した次の段階では、『ミラクル』が起こり、生まれていました(笑)。
ゲームを行ったことがない人には、何のことやら?という感じだと思いますが、ゲームのひとつひとつの過程をよくみてみると、それぞれ私達にいろいろなことを教えてくれているのが分かります。そこへそっと寄り添い、「なぜかな?」と耳を傾ける、もしくは心を傾けると・・・・答えはおのずとやってくるのです。
きっと実生活の中でも同じことなのでしょう。私達の目の前ではたくさんのことが起こっています。でも、なかなかそこに向き合う時間をとることはありません。でも、少し時間をとってみていくと、色々なことが分かってきます。
このゲームはそんな気づきをたくさん与えてくれます。

今回は春分の日ということもあり、とてもエネルギッシュで、熱く、愛に満ちた、深いゲームの数々でした。ゲームを行っているメンバーがどのように向き合い、行動するのかということが、他のメンバー達にも影響を及ぼして行ったりします。ひとつひとつの選択が、大きな目で見ると、「ああ、これを知らせるためにあったのね」ということが見えてきます。
このゲーム、やればやるほど、いろいろと面白くなってきました。そして、いろいろと見えてきました。皆さんに本当お勧めです。一度ぜひ体験してみてください!

今回もたくさんの気づきをゲームのメンバーから、そしてファシリテーターのKumiちゃんから、そしてカードたちから得ることができました。6名という大人数の中スムーズに流れていったのも、たくさんのサポートがあったからだと思います。皆さん、本当にありがとうございました。
感謝☆

*前回のトランスフォーメーションゲームの日記はこちらから
by bodyuniversal | 2010-03-25 21:12 | Comments(0)

声があらわすもの

b0101106_2344686.jpg先日東京のセッションに友人のKちゃんが受けに来て下さった。久しぶりの再会。そしてセッションの後に最近彼女が勉強されているというあるものを行ってくださった。
それは声を通して、自分の持っている個性や特性や本質が分かるというもの。確かに、声というのはその人の今の状態を表していたり、その人の個性みたいなものを表しているように思う。声のトーンでまったく印象が変わってしまう人もいる。そんな声の周波数を捉え、色に置き換え、分析していく。
Kちゃんがいろいろとお話をしてくださって、それに返答している声を録音していく。いくつか録音し、出てきたのが写真のもの。(本来はもう少し全色それぞれ色が出ているのだけれど、分析しやすいように特徴的なものを搾り出している。)これは私自身が『表現しているもの』らしい。なので、周りから見てもそのように感じることが多いそうだ。
特徴的なのは、レッドとグリーン。レッドは皆さんご存知の通り、第一チャクラの色。体感することが大切。というKちゃんの言葉にまず納得(笑)。私はホメオパシーやエサレンなどを知り始めてから、『体験して理解する』ということがよくある。きっと頭でっかちだった私は体感を通した不動の事実を見なければ、納得しないようなところがどこか自分にはあるのではないかと思ったりする・・・。だからそういうことがよく起こるのだと・・・。
そして、服なども選ぶときは、見た目ではなく、『触って』選ぶそうだ。・・・本当にその通り!!昔はそうではなかったけれど、最近は肌触りのよい服しか着れない私。当たりすぎている。そしてダンスをしたり、農業など身体や手を使うことが向いているらしい。またグリーンは第四チャクラの色で、ハートの色。コミュニケーションや思いやりがあり、カウンセラーなども向いているそうだ。またレッドとグリーンは対称的な位置関係にあり、それが同じくらい出ているので、とてもバランスがいいとも言われた。
この特徴を見ていくと、今のボディワーカーはぴったりだとKちゃんは言ってくださった。それにしてもベースのチャクラの色がとってもよく出ている私。オレンジは楽しんだり、美しいものが好きで、好きか嫌いかということが重要。ライトグリーンは周りを巻き込む力を持っているらしい。
そして、また自分の本質というものも見ていただくことができるのだけれど、それにはマジェンタとターコイズ(薄いブルー?)が特徴的に出ていた。マジェンタは『無条件の愛』だそうだ。それを現実的な形で表現するというところで、この仕事をしているのではないかとKちゃんはお話してくださった。ターコイズが『イタコ??』と言われたのはちょっと深く理解していないけれど(笑)。
ふと、Kちゃんが帰った後に気づいたが、最近やたらとターコイズとマジェンタの色の服や持ち物が増えてきた。これは本来の私に近づいてきたということなんだろうか?
まだまだ色々な分析方法や使い方があるそうだ。また面白かったのは、Mも分析していただいたのだが、自分が表現しているもののところで、私が少ないところに彼は大きく出ていて、私が大きく出ているレッドやグリーンは少なかった。意外に陰陽の関係のように補い合っているということなのだろうか・・・。
意外に知っているようで知らない私。こうやって見えない声というものが、形として目に見えるのは面白い。

どうぞご興味をもたれた方はKちゃんまでご連絡なさってみてください。普段は都内でストレスケアのカウンセリングをなさっています。
*Pure-Feel
by bodyuniversal | 2010-03-20 23:41 | Comments(0)

帰りました☆

b0101106_23423062.jpgつい先程、無事に帰ってまいりました。今日もセッションをし、友人達に会い、時間ぎりぎりまでいろいろと動き回っていました。
今回の東京滞在の間、セッションを受けてくださった皆様、大好きな友人達、いろいろとお世話になった方々、そしていろいろな分野のティーチャーたち・・・・本当にありがとうございました。感謝☆

とてもたくさんの体験をしてきました。またゆっくりと内容についてはお話したいと思います。

写真は東京に行く前の夙川の桜。夙川の桜でも早咲きのものがあります。その桜の開花状況です。まだもう少し時間が必要でしょうか?桜の季節がたのしみですね☆
by bodyuniversal | 2010-03-19 23:49 | Comments(0)

東京に来ています

b0101106_7571190.jpg東京に来ています。毎日たくさんの人に会い、忙しくしていますが、とってもエキサイティングで楽しく過ごしています。
でも、東京に着くまでが大変でした・・・というのも、朝一のフライトを予約したのですが、起きたのが乗るはずだった電車の出発する5分前・・・(汗)。しっかりと1時間半前には目覚めていたのですが、油断してしまったようです。
もうほとんどパニック状態。といってもすぐに飛び起き、フライトの変更をしようとPCを開けたり、電話したり。でも朝早すぎて通じません(涙)。その間も何とか着替え、とりあえず空港に向かおうと準備をしていました。
そしたら、思っていたより早い電車に乗れ、乗り継ぎもよく、気づくと30分前には着いていました。神戸空港は地方空港なので、手荷物検査が終われば、ゲートは目の前なので、急ぐこともなく、無事に乗ることができました。
人生初めてのフライト遅れそう・・・事件でした。その後の予定が詰まっていたので、(次のフライトでも間に合いましたが・・・)本当無事に乗れて、よかったです。1時間前に空港に着くように予定していたのもよかったのだと思います。

『春眠暁を覚えず』

(孟浩然「春暁」から。春の夜はまことに眠り心地がいいので、朝が来たことにも気付かず、つい寝過ごしてしまう。)

ですね。思わず、昔習ったこんなことを思い出しました(笑)。
今後は気をつけます(反省)。


*写真は飛行機からの富士山。いつ見ても悠々としていて美しいですね。
by bodyuniversal | 2010-03-16 08:18 | Comments(2)

ヴィパッサナー瞑想 ④

b0101106_18531090.jpg4日目が始まった。この日から本格的なヴィパッサナー瞑想が始まる。この瞑想法がどのようなものか説明をしていなかったので、ここでコースの手引きより引用させてもらいます。

「ヴィパッサナー」とは、物事をあるがままに見ることを意味します。それは自分を見つめることによる自己浄化の方法です。瞑想は、まず精神を集中するために自然な息を観察することから始めます。意識を鋭く研ぎ澄ませ、つぎに心と体に起こっている変化を観察していきます。この自己観察を通じて、無常(すべてのものはうつり変わるということ)、苦悩、無我(不変の自我という存在がないこと)という心理を体験します。体験を通して心理を知ることが自己浄化に繋がります。この瞑想法はすべての人が直面する問題への実際的で実践的な答えであり、「宗教」ではありません。宗教宗派や人種、段階の違いに関わりなく、いつどこでも修行することができ、だれもが等しく役立てることができます。

そう、この瞑想法を午後からスタートするというその日に事は起こった。その兆候は前日から出ていたのだけれど、大きくなったのはこの4日目。講和にも1日目と4日目に帰りたくなるようなピークがあるとあったけれど、まさにそのパターンが私にもやってきた。
もうすっかりなくなって、大丈夫だと思っていたことが、再び起こりだしたのだ。
昔々、私が高校生のときに悩まされたそのこと。そのときも中々勉強に集中できなかったけれど、今度は瞑想に集中できないという形でやってきた。起こっていることをすごく意識し、反応している私。そのことがますます症状を悪化させる・・・
ああ、このパターン知っていると思い、落ち着かせるためにアーナパーナ瞑想の呼吸を強めるが、中々上手くいかない。このこととは長い間付き合ってきたので、少しは落ち着いて起こっていることに客観的になれるのだけれど、やはり完全に手放しきれない私がいる。また、このパターンがこの段階で出てきたということは、きっとこれはお試しなのだろうなということもどこかで分かっていたりする。こうやって、それぞれの弱い場所にそういうものは現れてくるのだ。それも分かっている。
それなのに、だ。もがいて何とかしようとする私もいる。そこから何とか脱することを考えている私がいる。

その日の午前中は瞑想どころではなかった。あまりに困り果てた私は、先生に相談することにした。もちろん先生に話したからといってどうなるわけでもないのだけれど、その時はそう思ったのだ。それをマネージャーに相談すると・・・今日は先生とお話できる時間がないということ。そしてマネージャー自身も彼女の判断では何ともできませんと言われた。何かそこに解決の糸口があるかも知れないと思っただけに、残念だった(涙)。

そして、午後からのグループ瞑想。この中で座るのは・・・と思ったが覚悟を決めて座った。
そしたらその瞬間、そうだったのかと涙があふれ出た。そう、私に必要なのは全面的な克服、というか受容だったのだ。今目の前で起こっていることをもう全面的に受け入れた瞬間、ああこのことを知るために起こっていたのだと言うことがわかった。このことを経験するために必要だったと言うことを。そしてその時間はもう涙が止まらなかった。大きな気づきがそこにはあった。体験を伴った気づき。そして、その間症状は不思議なことにずっと止まっていた。

このことはその時間以降すべて解決したわけではなかったけれど、起こっていることを少しずつ許し、受け入れれるようになっていった。そしてヴィパッサナー瞑想が始まった。この瞑想法は頭の先から足の先までひとつづつ感覚を追っていくというもの。そしてそれに慣れてきたら、履くように上から下まで、そして下から上へとなぞっていく。私は身体の感覚は結構あるほうだと思っていたのだけれど、一番初めに行ったとき、やはり感じない部分があった。意識はそこに持って行っているのに、感じられないのだ。でもここで大切なことは、感じられても、感じられなくても、反応があっても、なくても、認識したら、淡々と次の場所へと移っていくということだ。そこにとらわれず、ただ認識し、次の場所へと行く。ただそれの繰り返し。

何でもないようなこのことが、またある深い段階への気づきへの新たな始まりだった。
by bodyuniversal | 2010-03-09 23:51 | ヴィパッサナー | Comments(0)

ヴィパッサナー瞑想 ③

b0101106_22515392.jpg前回のヴィパッサナー瞑想のブログから大分経ってしまったけれど、続きを書こうと思います。

長い1日目が終わり、これからのことを思うと少し気が遠くなりそうな感じもしたけれど、まずは明日と思いながら、またあまり眠れない夜をその日も過ごした。まったく眠れないわけではないのだけれど、「寝た」と感じられない。後になって、日中ずっと瞑想をしているので、つまり常に眠りと瞑想の間を行ったりきたりしているので、いざ寝るということになっても、似たような状態になっていたのではないかと思ったりもした。

2日目も鐘の音で1日が始まった。この日の朝一番の瞑想はとても長く感じられた。まだタイムスケジュールを把握していなかったためもあるが、ゴエンカ師のご詠唱が永遠に続くのではないかと思うくらいに長かった。そして、あまりの長さに怒り出したくなるくらいだった(苦笑)。
朝食後、気を持ち直して、1日目の続きであるアーナーパーナ瞑想を行った。この日からは鼻の付け根、上唇を結ぶ三角形の内側の部分に意識を向けるように指示があった。また妄想→気づく→瞑想、夢→気づく→瞑想、眠気→気づく→瞑想に戻るの繰り返しである。でもそれを続けていると、ある瞬間、何もなくなった。そこには何もなく、とても澄んだ気持ちのいいものが流れていた。そしてその状態を味わっていた。そうするとあっという間に時間が過ぎ、さっきまで痛かった足も何も感じられなくなった。ああ、もしかしたらこんな感じなのかもと思った。それが何を意味するのかはよくわからなかったけれど・・・
その後、足の痛さをあまり気にすることもなく、そのような状態になることが少しずつ増えてきた。そうやって座っていると、目を閉じているのに、身体の中で起こっていることがふと見えることがあった。ある時は、お腹の中からねっとりとした濃密な金色の生命力がドドドーっと流れ出ているのが見えた。妄想の域だと言われるかもしれないが、一瞬、本当にその瞬間だけ見えたのだ。感覚を伴って経験したものは、頭でどうのこうの判断しようとしても、もうすでに分かってしまっていて、有無を言わせない。腹で分かってしまう。そんな感じに似ていた。
この日は似たような面白い体験がいくつか続いた。感覚も鋭くなってきた、そんな感じだった。

そして3日目、昨日はあんなに長く感じられた朝の2時間の瞑想が、足を崩すことなくじっと座っていることができた。昨日の私からすると奇跡に近いものだった(笑)。少し集中力も高まってきたのかもしれない。
この日は先生からの質問があった。その時にある生徒さんが先生に「昨日は上手く瞑想ができたのですが、今日はあまりいい状態でなくて」という質問をしていた。先生は「ただ今の状態を観察していること。昨日と今日とを比べないこと。そしてそこにはいいも悪いもないのです。ただその状態があるというだけ。それを観察するだけです。」とおっしゃっていた。
そこで私も、ふと昨日から集中力も出てきて瞑想が深くなってきているような感じがしていたけれど、それにとらわれすぎないように気をつけようと思った。そのように深くならないからといってダメなのではなく、ただ目の前にある状態を観察するだけでいいのだと。自分が「いい」と思っている状態に執着しないようにと思った。
この考えは後で何度も私を救ってくれた。そしてどんなに集中力がなくなって、妄想にまみれたり、眠気に襲われたりしてもそれを悪いものと捕らえず、ただニュートラルな場所へと戻ってくるということを覚え始めた。

ある時ふと気づいたことがあった。このコース中は生徒同士で話をしてはいけないし、ジェスチャーやアイコンタクトみたいなものも禁じられている。でも元来人のことがとっても気になる私はついつい周りを見てしまう。そして、そのうちにその人に名前をつけ始める。そしてふと気づく。その名前というのが意外に過去の知っている人から取っているということに。「友人の〇〇ちゃんに似ている人」みたいな感じでつけているのである。
そしてまた気づく。話をしたこともなく、声さえも聞いたこともないその人のことを今までの自分の経験から判断し、相手はこんなひとではないかと見てしまっているということに。
それが分かった瞬間、私はもしかしたら普段もこのようにして人をみている部分があるのではないかと愕然とする。相手そのものをみるのではなく、今までの経験というフィルターを通して相手を見てしまっているのではないかと。
多かれ少なかれ、今までの経験で物事を判断するということがあるのは確かだ。人間のいい部分でもあるけれど、そのことによって人を見る時、そして物事を見ていく時に可能性を狭めてしまっていることもあるのかもしれない・・・。

そして4日目。1日目の夜の講和でピークは4日目にもやってくると話されていた通り、私にもその大変なピークがやってきた。それも思わぬ形で・・・。
by bodyuniversal | 2010-03-03 23:59 | ヴィパッサナー | Comments(0)

プロの言葉

b0101106_23355850.jpg先日また馬に乗りに行ってきた。ここのところ1ヶ月に1回のペースくらいでしか行けないので、ちょっと残念だけれど、その中で大きな驚きがあった。
それは、いつも私のクラスを受け持って下さっているインストラクターの先生の言葉の中にあった。

クラス中に、先生が言われた言葉・・・

「やっているつもり(馬に脚を入れたり、鞭を入れたり)というのは意味がないのです。」
「自分が行ったことに対して、反応があるのかどうかをしっかりと見ていきなさい。」
「あなたと馬の間で起こっていることに目を向けてください。」
「いま、この瞬間に何が起こっているのかを感じること。」
「瞬間、瞬間、意識的であること。自分がどのような指示を与えているかということにもっと敏感になって。自分の身体を感じなさい。もっと感覚を鋭く。そして、馬がどのように反応しているのかを感じ取りなさい。」
「馬が(驚いたり)反応をしたからといって、あなたも連鎖的に反応しないこと。」
「いつも冷静で、何が起こっているのかを見れるように。少し上から見ておく感じ。」

この日の先生の言葉はとても私のこころに響いてきた。馬に乗りながら、やはり何事も同じだと思った。すべてのことはやはり同じなのだと。そして、その真理をさらさらと述べられている先生はすごいなあと思ってしまった。いつも同じようなことを教えてもらっているのだが、聞く側の(私の)耳が変わったからか、ヴィパッサナー瞑想から帰ってきて間もなかったためか、言葉の深さに驚いてしまった。

私の先生は国体にも出る素晴らしい選手でもある。やはり何かを極めている人というのは本当のこと、物事の真理みたいなものを知っているのだと思う。そこから出る言葉の深みは本当に違う。
この日は先生が何か言う度に感動してしまった。馬に乗るのに必死で、全部の言葉を覚えきれなかったけれど・・・(笑)。
私達はいろいろなものを通して、普段の生活の中でも、たくさんのことを教えてもらっているのだろう。ただそこに気づくという感覚を持ち合わせているかどうかだけの違いなのかもしれない。
by bodyuniversal | 2010-03-02 23:58 | Comments(0)