Candle JUNEのキャンドル

b0101106_23412260.jpg先日近くの雑貨屋さんでとても素敵なキャンドルを見つけた。一目見るなりとっても惹かれたキャンドル。あまりにきれいだったので買おうと思い裏を見ると「非売品」とあった(涙)。
そのキャンドルの名前もとても印象的だったので、家に帰って調べてみた。
『Candle JUNE』。彼のホームページのプロフィールにはこう書いてある。
「世界各地で火を灯す。
2001年に広島で「平和の火」を灯してから「Candle Odyssey」と称する争いのあった地を巡り火を灯す旅を始める。
アメリカを横断、N.Y,グランド・ゼロで火を灯し、その後アフガニスタンへ。国内各地を灯しながらも、カンボジアの孤児院を巡り、パリコレクションに演出で参加すると共にテロ事件のあったロンドンも訪れる。05年より終戦記念日に中国チチハルにて火を灯す。また新潟中越地震被災地川口町をはじめとした震災地でもイベントを開催する。悲しみが続く限り、灯し続ける。」
自分でも思わぬところに行き着いたと思いつつ、彼の活動を追いながら読み進めていく・・・。読み進めていくうちに、彼が真摯に自分と向き合い、物事と向き合う姿勢がキャンドルにも現れ、私を呼んだように気がした。目を向ける時が来たと。
そしてキャンドルを買いに行った。とても素敵なキャンドル。私が選んだのは写真のふたつ。最近私が選ぶものはこういう色の感じが多い。そしてそこのショップに「Candle Odyssey」についてのフリーペーパーがあったのでいただいてきた。
その中にとても胸を動かされた文章があったので、ここで皆さんとシェアしたいと思います。

失われた聖なるものを取り戻すために      文:北山耕平

 ぼくたちは身のまわりから「聖なるものが消えていく時代」を生きている。
では聖なるものが消えるとどうなるか?
ありとあらゆるものに値札がつけられて商品として売られてしまうのだ。
今ではお金で買えないものはないと豪語する人たちまでいる。
「子供たちが自分の体をお金のために売るようになったら、それは一切の聖なるものが
消えたことを意味する」
という警告をぼくは昔あるエルダーから聞かされた。
ほんらい魂やスピリットの容れ物としての体は、ぼくたちに与えられたもっとも神聖なもの
である。
「体はあなたの神社である」という言葉もよく聞かされた。
だから聖なるものを取り戻していくプロセスの最初の段階は、自分の体を神聖なものとして
取り扱うその方法を学ぶことである。

体とその体にまとう衣服の関係は、大地とそのうえに張り付いている国家や組織宗教の関係
とよく似ている。
国家や宗教という衣服は大地のうえにある一切の聖なるものをその下に覆い隠してしまう。
大地は、母なる地球の肉体としてほんらい聖なる惑星であった。
しかし世界がさながらパッチワークのようにさまざまな国家や宗教という衣服で覆われて
しまった今、地球そのものから一切の聖なるものが消えていこうとしている。

 どんなに時間がかかろうと、
ぼくたちは母なる地球を聖なる惑星と見る意識を回復し、
自分たちの体を聖なるものの容れ物として認識する最初の生き方をここから取り戻す必要
がある。
国家や宗教が考え出される以前の遠い昔、
世界中の人々はみな大地や太陽や月や星といった自然なる物への信仰を共通して持って
いた。
自分の体がそうした自然なる物をそっくり写しだしていることを知っていた。
自分の体を神聖なものとして扱うことと、
母なる地球を聖なるものとして接すること、
このふたつを分けて考えてはならない。

ひとつのキャンドルからここまできてしまった。最近思わぬところへいろいろと流れていく。そしてそのたどり着く場所はある方向を示し、そしてまた今ある場所に帰ってくる。(ある方向を示しつつも、それは同時に今ある場所でもあると言ったほうがいいかもしれない・・・)それに気づきつつ、ひとつひとつ自分自身と取り組んでいる。

Candle JUNEのサイト
北山耕平さんのサイト
by bodyuniversal | 2008-10-09 23:57 | Comments(0)
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