朝のお散歩~紅葉編~

b0101106_22442892.jpg春に7号食を始めてから朝のウォーキングが日課になっている。朝晩が寒くなってきたこのごろは、一歩外に出るのは勇気がいるけれど、外に出てしまえば朝のひんやりとした空気が逆に気持ちがいい。
夏には青々と茂っていた桜の木々も今は紅葉のピークを迎えている。ピークを迎えた木の側を通ると、木々からすごく満ち足りたエネルギーが溢れ出ているのを肌で感じることができる。
木々も同じようでいて、それぞれ個性があり、それぞれのタイミングでピークを迎えている。そんな桜並木を歩いていると、ふと自分が生きているということに気付かされる。
生きている、そんなことは当たり前だと言われるかもしれない。でも、ふと身体の奥深くのところから「生きている!」という感覚が込み上げてくる。それはまるでいのちの源に触れたような感覚だ。そして、そこに触れるたびに、たくさんの涙がこぼれ落ちる。
涙の理由はわからない。悲しいとかうれしいとかそういったものとも違うような気がする。もしかしたら、私は「生きている」という感覚がまだまだ薄いのかもしれない。もしくは、まだまだ自分のいのちを活かしきっていないのかもしれない。
でも、桜たちがただ動かず、そこに立って季節の変化を受け入れ、そこにあるすべてを受け入れ、生きているその姿が私に大切なものを教えてくれる。
b0101106_23314168.jpg桜並木を抜けると、海が広がる。このごろの水は澄んでいてとてもきれいだ。砂浜も夏に比べるとごみも少なく落ち着いている。夏は時間のある時は朝晩と歩いていたけれど、拾っても拾ってもなくならないペットボトルや花火のごみに打ちのめされそうになっていた。
ここは対岸がコンクリートで固められたような海になってしまっているけれど、それでも海水に手を浸すとほっとさせられる。そんな海はどれだけその砂浜や水が汚されようとも、ただ絶え間なく流れ、循環し、浄化し続けている。ただあるものをそのまま受け入れるその姿。なぜこれだけの深い懐があるのだろう。
私達はときどき自分たちも自然の一部であり、すべてであるということを忘れてしまう。でも、こうやって自然の中に入っていくと、ただそこにいる(ある)ものたちが私たちを原点に戻してくれる。そして私達も同じようにただ静かにそこに立ち、そこにあるものをすべて受け入れることができることを教えてくれる。
by bodyuniversal | 2010-11-24 23:23 | Comments(0)
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